合気道とは

 合気道は、開祖植芝盛平翁が日本の伝統武術を究め、さらに厳しい精神修養を経て創始した現代武道です。開祖は明治30年代から柔術、杖術等多くの武術を習得した後、北海道開拓時代に大東流柔術を学ぶ。その後、心身のさらなる修養を重ね、大正9年、京都綾部に修業道場・植芝塾を開設した。

 武道家としての活動に踏み出し、さらなる新境地に辿り着いた開祖は、昭和2年に上京し、昭和6年に現在の東京都新宿区若松町に合気道専門道場・皇武館を設立した。

 皇武館は昭和15年には厚生労働省から認可を受け「財団法人皇武会」として発足し、昭和23年にはあ改組・再編成し「財団法人合気会」として文部省から認可された。

 そして開祖より代わって本部道場長に就任した植芝吉祥丸二代道主は合気道を全国に広めようと積極的な普及活動を始めた。全国に道場を置き、大学に合気道クラブが出来ると指導者を派遣し、裾野の拡大に尽力した。

 現在は植芝守央現道主を中心に、国内2200道場及び国外130カ国以上にもわたっている。国内の道場は少年部を設置する団体も増え、平成14年には全国高等学校合気道連盟が発足した。

 「財団法人合気会」は平成24年より「公益財団法人合気会」として内閣府より認可を受け、合気道はより多くの人々に親しまれる武道としてある。

          開祖植芝盛平翁略歴

開祖  植芝 盛平 (うえしば もりへい)
1883~1969


明治16年(1883)
12月14日和歌山県西牟婁郡西ノ谷村(現在の和歌山県田辺市上の山)に生まれる。

明治41年(1908)
坪井政之輔氏より後藤派柳生流柔術の免許を受ける。

明治44年(1911)
志あって政府募集の北海道開拓民に応募、明治45年(1912)団長として北海道紋別郡白滝原野に55戸の同志を引きつれて移住、土地の開拓に着手する。ここで大東流柔術の武田惣角氏に会い教えを受ける

大正08年(1919)
父危篤のため故郷に帰る。途中京都綾部町に立ち寄り初めて大本教の出口王仁三郎師に会い心を開かれる。父逝去後一家京都綾部に移住し、修行道場植芝塾を開設する。

大正末年
武道の新境地を開く。本格的に「合気の道」と呼称する

昭和02年(1927)
一家上げて上京、海軍大学校はじめ各所で指導する。

昭和06年(1931)
現在の東京都新宿区若松町に合気道専門道場を建設する。

昭和15年(1940)
公益法人として財団の許可を得る。

昭和16年(1941)
茨城県岩間町に野外道場を設置、心技さらに一段と飛躍。合気道普及の礎となる指導者の育成につとめる。

昭和30年(1955)
国内はもとより海外においても合気道の普及発展に力を尽くす。

昭和35年(1960)
合気道創始の功績を以って紫綬褒章を賜わる。

昭和39年(1964)
勲四等旭日小綬章を受賞。

昭和44年(1969)
4月26日逝去(86才)。生前の合気道創始の功績とその普及の功により勲三等瑞宝章を賜わる。正五位叙位。