2019年の出来事ランキング

 今年もあと少しですね。私が今年の合気道の出来事をランキングにしてみました。

では、5位から

5位  四国中央市合気道道場開設

   四国中央市で道場を開設しました。ちょっと遠いですが、やりがいのある道場です。かなり可   能性のある道場です。

4位  第一回徳志館講習会

   6月30日に行われました徳志館の講習会です。沢山の方のご支援のお陰で大成功をおさめまし   た。来年の大会は更なる良い大会にしたいです。

3位  高知県合気道連盟演武会・全日本合気道特別講習会

   10月に高知県立武道館で植芝道主の講習会が行われました。沢山の方と合気道をしたのがと   ても良い刺激になりました。

2位  開祖没後50周年記念講習会

   和歌山県は田辺市でおこなわれた開祖没後50周年の記念講習会に少年部の子達と参加してき   ました。沢山の方との合気道はとても充実した稽古となりました。開祖の足跡にも触れる事が   できました。

1位  合気道神武錬成塾に訪問

   合気道神武錬成塾の塾長の白川勝敏先生の合気道に触れ、合気道の可能性を教えて頂き、また   合気道の奥深さ、稽古をつけて頂きました。とにかく素晴らしい体験をさせて頂いたことは宝   となりました。

以上が私の合気道における出来事ベスト5です。来年は更なるイベントを打ち出したいです!

当時その3

チャレンジ精神を忘れない38の秋。これからが本番の人生。さあ、やるべし。

では、前回の続き。

氷河期の時代と書き終わりました。その続きです。合気道徳志館は地道に稽古を続けていくことしかできませんでした。とくに大きくするとか、講習会を開くとかはまだまだ縁遠い道場であったと思います。丁度その頃2008年くらいかな?世の中の動きに、中学校で武道必修化が正式に決定をし、2012年に全中学校で実施されることとなりました。

まさにビッグチャンス到来と思いました。合気道を広める事や、自分の可能性を見出すチャンスだと思いました。しかし、そう簡単にはいきません。なぜなら、県の教育委員会にとっては、合気道は武道では無いらしく、柔道、剣道、相撲が主流であるといわれました。あきらめる訳にはいかない。

しかし、あきらめずに資料を作り、色々な人にアドバイスをもらい、幸運にも合気道神武錬成塾の塾長白川勝敏先生とも繋がることになるとは夢にも思いませんでした。そして、熱意が伝わり、東みよし町の川原教育長のご尽力により、三好中学校で合気道が選ばれました。

平成23年から現在までなので、約8年となります。今も継続中です。

そのお陰で、月刊武道に2回原稿を掲載させていただきましたし、地元の新聞にも2回乗りました。四国放送にも、ローカル放送にも取材がありました。とてもよかったです。

合氣道徳志館の規模もゆっくりですが、これから大きくなります。では次回に続く。

当時その2

いつまでも心は、20歳。体は年より少し若い。私の体力の低下が叫ばれている今日この頃。

前回の続きです。

脇町道場の設立まで話しました。徳志館の稽古場所は人口1万人ぐらいの小規模の東みよし町の町道場でした。しかし、人も集まり少しずつ活気が出てきたので他の地域での第二道場を検討する事に至りました。

そこに、脇町が候補に挙がりました。距離は大体30キロ程。40分以内で着きます。そして、稽古開始。最初はオーストラリア人、アメリカ人が3名と英語の先生しかいませんでした。その後、武道館を建て替えとのことで使用不可能となりました。

徳志館が設立して約7年たった時でした。氷河期時代から抜け出せない時代・・・。次回に続く。

当時

今年で38歳となりました。しかし心は20歳。

合氣道を始めて来年で20年、徳志館は15年になります。逆算すると24,5くらいで道場を開設したことになります。24,5の若造は38歳の若造になりました。当時は合気道の道場を開くことに対してあんまりわかっていなかったと思います。色々と

合気道の道場の経営の方針や理念、組織作りなどに対して手探りで始めた結果、大きなミスをしていました。それは、自覚が足りなかったことが一番の原因だと思います。

まずは、どんな道場にしたいか、どういった組織を作るか、稽古方針、運営方法などです。当時は誰も教えてくれませんでした。15年前までは合気道道場はインターネットにもあまり掲載している所は少なかったように思えます。現在ではほとんどの道場がHPを持っていると思います。

手探りでは、何をしても空回り、どうあがいてもうまくいかない。3年間変化なくじっと我慢して自分を信じることしかありませんでした。。赤字も大きくなり、我慢の限界に近づいたころに、ようやくぼちぼち門下生も増え始めました。

しかし、田舎の中の田舎、道場を増やさねば更なる発展は無いと感じた私は、脇町道場の設立を考えました。

次回に続く・・・。

心が体を動かす

心が体を動かすと佐々木師範に教わった。佐々木師範も中村天風先生に教わった。私自身も心が体を動かす経験は何度も体験している。

私の場合は、やはり合気道。合気道をした後とする前では心の軽さがまるで違う。合気道する前に心が疲れていても、いざ合気道をすると心が満足する。よって体が軽くなる。

合気道は私にとっては心を軽くする処方箋である。かなり効く。

合気道は面白い。深い。人と繋がっている。世代を超えて人と繋がる事は稀有であり、合氣道の特性である。合気道だけではないのだが、人と人が集まるコミュニティーを私が作れたことはなんとも感慨深いものを感じる。

合気道徳志館を創らなければ、今の子供達に出会わなかっただろうし、幾多の歓び、困難に出会えなかったであろうと思う。人生において合気道は切り離せないものになったのだ。

徳志館の運営において、イベント事は大仕事であるが、私にとっては遊びであり、ワクワクする事のほうが大きい。やはり、人の笑顔や喜びが力となり、私を動かしているのだろう。

心が私を動かす。心が徳志館を動かす。心が時代を動かす。心の素直なままに動かされていくことの大切さがこの今に分かった。この今を大事に、感性を大事に、人を大事にしていきたい。このことが分かったから合気道には感謝しかない。恩返しを一生かけていかなければならない。

 

明るい合気道

多感録も5まできました。もうすぐ1年になると思います。まだまだ書いていきます。ありがとうございます。

では、本題。合気道の団体は2000年代に入ってかなり急激に増えたように思います。実際、自分も2005年に道場を立ち上げました。当時24歳ぐらいですね。今が38歳。約14年前。合気道2段でした。当時はインターネットでHPを作る人はごくわずかだったっと思います。

京都には入江先生。大阪には町田先生。島根には中島先生。愛媛の宮尾先生。もちろん仙台の白川竜次師範。30代、40代の先生が全国で頑張っています。他は私が知らないだけです。申し訳ありません。沢山いるのでしょうが情報がないのでわかりません。

開祖没後50年が経ち、合気道の人口がものすごいことになっていると思います。私が合気道にであったのが、約19年前です。高知工科大学合気道部は大体30名くらい在籍してました。高知医科大も20名ぐらいだったと思います。他大学もそんなに少なくなかったと思います。毎年、学生から合気道を始める方が増えてきています。私もその一人だったわけです。

合気道はどの年齢になっても始めやすい武道です。下地がなくても大学から始めれます。合気道はまさに現代の武道だと思えます。いろいろな方法で始める事もあります。

しかし、そこが弊害が生まれる要因でもあります。合気会で師範の下で稽古した先生方は、しっかりと自分の技を磨かれ、次世代に伝達する力を持っていると思います。残念なのは、なんちゃって合気道もどきです。養神館なり、心身統一、岩間修練会などでしっかり稽古されたなら良いのですが、インターネットの通信教育で学んだり、少しかじった程度で合気道団体を立ち上げられる方も世の中にはおられるそうです。

私は別に気にはならないのですが、開祖はどう思うだろうとか、吉祥丸先生はなんていわれるのだろうとか、守央道主はいかなるお考えをお持ちだろうか?と思ってしまいます。

合気会の合気道は師範を大事にする会だと思います。師範の想いがその会の指針であり、師範と共に最後の最後までついていくのが、合気会の合気道だと思います。どんなに年月が過ぎようが、その立ち位置は二度と変わらない不変の愛です。だからこそ合気道の未来は明るいと思います。我々は、師範の子供だからです。